意思決定の質
「いけるでしょ」で採用していないか──ミスマッチが生む見えないコスト
面接では感じがよくて、やる気もあった。それで採用を決めた。
ところが入社して数か月、期待した成果が出ていない。指導に時間を取られ、周りの負担も増えている。
「なぜ、あの人を採ったのだろう…」
このように感じたことはありませんか?
経営者であれば、採用で悩んだ経験が一度はあると思います。人手が足りないときほど、目の前の応募者を「いけるでしょう」と決めてしまいがちです。
この記事では、採用のミスマッチがなぜ起きるのか、そして採る前に何を決めておけば防げるのかを解説していきます。
採用がうまくいっていないと感じているなら、ぜひ参考にしてください。
「いけるでしょ」で決まる採用
採用の失敗には、共通する入口があります。
やる気もあるし、真面目そうだし、いけるでしょう。
この判断には、経験やスキルの検証がほとんど含まれていません。人柄と勢いで決まっています。
そして厄介なのは、この判断がその場ではまったく間違っているように見えないことです。
目の前の応募者は感じがよく、意欲もある。急いで人を埋めたい事情もある。だから「いけるでしょう」に、誰も反論しません。
ズレが表面化するのは、実務が始まってからです。
仕事の力量は面接では見えない
ここで、少し角度を変えてみます。
野球未経験の人を明日から試合に出す。それで結果が出ると考える人は、まずいません。
「経験がないのだから、できなくて当たり前」と、誰もが即座に判断できます。
ところが同じことが、仕事になると途端に見えなくなります。未経験者を採用し、なぜか「やる気があればできるはず」と考えてしまう。
理由ははっきりしていて、仕事のスキルは外から見えにくいからです。
スポーツなら、素振りを一目見れば経験の有無が分かります。しかし仕事の力量は、面接の会話からはほとんど判別できません。
だから、見えている情報(人柄・意欲・受け答え)で判断してしまうのです。
ポテンシャル採用が悪いのではない
誤解のないように書いておくと、未経験者を採ること自体は間違いではありません。
将来を見込んで育てる採用には、明確な価値があります。組織の年齢構成を保ち、自社の文化に合った人材を育てられます。
問題は、ポテンシャル採用を即戦力の代わりとして使ってしまうことです。
- ポテンシャル採用が成立する条件
- 育成にかける時間と担当者が確保されています。成果が出るまでの期間をあらかじめ見込んでいます。教える手順が言葉になっています。
- 破綻するパターン
- 人手不足を埋めるために採ります。育成の担当も時間も決めていません。それなのに、早い段階で成果を求めます。
後者は、育てる前提が何ひとつ用意されないまま、育成が必要な人を迎え入れている状態です。うまくいかないのは当然です。
本人にやる気があるほど、この構造はつらいものになります。
採用ミスマッチのコストは給与だけではない
採用の失敗は、給与の無駄では終わりません。損失は、見えないところで広がります。
- 1
既存メンバーの時間が奪われる
指導、確認、やり直しの対応。しかもその負担は、たいていいちばん優秀な人に集中します。組織の生産的な時間が、気づかないうちに削られていきます。
- 2
現場の空気が消耗する
同じ指摘が繰り返される状況は、周囲の意欲を確実に削ります。負担をかけられた側から、先に辞めていくことすらあります。
- 3
本人にとっても不幸になる
適性の合わない場所で結果が出ない経験は、その人の自信を損ないます。合う環境なら活躍できたかもしれない時間が失われます。
とくに1つ目は見落とされがちです。ミスマッチ採用の実質的なコストは、給与よりも優秀な人の時間で支払われています。
採用は取り消しにくい意思決定である
そして採用には、他の経営判断とは大きく違う性質があります。
やり直しがとても難しいということです。
仕入れなら、取引先を変えられます。施策なら、止められます。ただ、一度雇った人との関係は、簡単には取り消せません。
日本では、会社の都合で雇用を終わらせることは簡単ではありません。これは働く人を守るための当然の仕組みです。
裏を返せば、経営者にとって採用はほぼ取り消しのきかない意思決定だということです。
その場では「合わなければ考え直せばいい」と思えても、実際にはその選択肢はほとんどありません。ミスマッチは、長く残ります。
撤退できない判断ほど、入口で慎重になる必要があります。これは撤退基準を始める前に決めておくという考え方と同じです。
採る前に決めておく3つのこと
では、どうすればミスマッチを減らせるのか。面接の技術ではなく、採る前の設計で決まると考えています。
この人に何を任せるのかを言葉にする
「人手が足りない」は、募集の理由であって、採用の要件ではありません。
入社後の半年で何をしてほしいのか。どの業務をどのレベルで担ってほしいのか。ここを言葉にしないまま面接に入ると、判断の軸そのものがありません。
軸がなければ、印象で決めるしかなくなります。
即戦力か育成前提かを先に決める
この二つは、必要な準備がまったく違います。
即戦力を求めるなら、経験の中身を具体的に確認する必要があります。育成前提なら、誰が何時間かけて教えるのかを先に決めておく必要があります。
どちらとも決めずに採ると、育成体制がないまま即戦力を期待する、といういちばん失敗しやすい形になります。
できるかどうかは話ではなく実物で見る
面接の受け答えは、実務能力とは別の技能です。
可能な範囲で、実際の作業に近いものを見せてもらいます。過去の成果物でも、簡単な課題でも構いません。
スポーツで素振りを見れば分かるように、実物を見れば判断の精度は大きく上がります。会話だけで判断しないことです。
まとめ:採用はいちばん高くつく意思決定
要点を整理します。
- 1
「いけるでしょ」は判断ではない
人柄と意欲は見えても、実務能力は面接では見えにくいものです。見えている情報だけで決めると、印象で採用することになります。
- 2
コストは、優秀な人の時間で支払われる
給与だけでなく、指導・確認・やり直しの負担が既存メンバーに集中します。現場の空気も消耗します。
- 3
取り消しにくいからこそ、入口で設計する
任せる役割の言語化、即戦力か育成かの決定、実物での確認。この3つを採る前に決めておきます。
採用は、一人あたり数百万円から数千万円が動く投資です。それでいて、設備投資ほど慎重に検討されないことが少なくありません。
そして採った後にどう配置するかも、同じく重要な判断になります。この点は「なぜ、組織の生産性は上がらないのか」で解説しています。
誰を組織に迎えるか。それは経営者が下す意思決定のなかでも、いちばん取り返しがつきにくいものです。だからこそ、勢いではなく設計で決めてみてください。

