意思決定の質
部下は上司を選べない──評価が一方通行の組織で起きること
待遇も上げた。理念も語ってきた。それでも、人が辞めていく。
辞めたあとになって「上司と合わなかったらしい」と聞く。本人からは、そんな話は一度も出てこなかった。なぜだろう…
このように感じたことはありませんか?
経営者であれば、上司と部下の関係が原因で人が辞める場面を一度は見ていると思います。厄介なのは、この問題が経営者からいちばん見えにくい場所で起きていることです。
この記事では、上司との関係がなぜ離職に直結するのか、そして経営者がそれを早く拾うための仕組みについて解説していきます。
上司が原因の離職を減らしたいと感じているなら、ぜひ参考にしてください。
人間関係で辞める人は想像以上に多い
まず、数字で確認してみます。
厚生労働省の令和6年雇用動向調査では、女性が前職を辞めた理由のうち「職場の人間関係が好ましくなかった」が11.7%で2位でした。
男性でも9.0%で2位です。給料や労働条件と並んで、人間関係は辞める理由の上位から消えません。
調査によって順位は動きます。選択肢の作り方が違うからです。それでも、どの調査でも人間関係は上位に入り続けています。
辞める本人が会社に伝える理由と、本当の理由は別です。上司と合わないとは、当の会社にいちばん言いにくい理由だからです。
「あなたと合わなかった」「同じチームのあの人が苦手だった」とは、退職の面談では言えません。
だから会社には「家庭の事情」「給与」といった、説明しやすい理由が伝えられます。
つまり、自社の退職面談で見えている人間関係の割合は、調査の数字より低く出ていると考えたほうが自然です。
待遇の改善は必要ですが、それだけでは離職は止まりません。
給与は人を引き留める土台になりますが、人間関係は土台ごと崩します。
なぜ上司との関係がそこまで重いのか
上司との関係が特別に重いのには、はっきりした理由があります。
上司は、部下の社内評価を握っているからです。
ボーナス、昇給、昇進。これらに上司の評価が直接影響します。
部下から見れば、自分のキャリアの当面の行き先を決める存在ということになります。
だから上司と感情的に対立すると、単に気まずいでは済みません。将来の見通しごと閉ざされます。
パワハラへの意識が高まり、上司の立場が一方的に強いとは言えなくなりました。
それでも評価の権限が上から下へ一方通行であることは、構造として変わっていません。
人は好き嫌いで評価してしまう
どれだけ公正な人でも、好き嫌いの感情がまったく入らずに評価できるかといえば、難しいと思います。
振れ幅の大きい人も小さい人もいますが、ゼロにはなりません。
同じ能力、同じ成果の部下が2人いて、片方が好かれ、片方が疎まれている。この場合、評価に差が生まれます。
上司も人間ですから、好きな人と嫌いな人であれば、どうしても好きな人を評価したくなります。
能力があっても、上司に気に入られなければ社内での肩身は狭くなります。そして部下は上司を選べません。どうしても馬が合わない上司と働かなければならない場面が出てきます。
人間関係が変わるだけで退職を思い留まることもある
私自身が会社員として経験したことも書いておきます。
昨年、直属の上司とどうしても馬が合わず、退職を考えるところまで追い込まれました。
仕事の中身以前に、やり取りのたびに消耗している状態でした。
最終的に落ち着いたのは、チームを分けてもらえたからです。
部署を調整してもらい、その上司と直接やり取りする機会がなくなりました。それだけで大きく変わりました。
辞めるほど追い込まれていた人材が、配置の調整ひとつで残ることがあります。
裏を返せば、その調整がなければ辞めていたということでもあります。
この問題は経営者からいちばん見えにくい
評価に差がついても、それを検証する経路は組織にありません。
厄介なのは、経営者のもとに情報が届かないことです。
現場の人間関係をいちばんよく知っているのは、中間管理職です。
しかし当事者である場合、その人が自分に不利な報告を上げることはまずありません。
悪意がなくても、自分のチームの問題は小さく見積もられます。
結果として、経営者の手元には「特に問題はありません」という報告だけが残ります。
退職理由が中間で無害化される構造は、「社員が辞める本当の理由は経営者に届いていない」で詳しく解説しています。
評価を一方通行にしない
では、どうすればいいのか。評価の向きを一方通行から変えるのが、いちばん直接的な方法です。
部下が上司を評価する仕組みを制度として持つということです。
360度フィードバックと呼ばれる手法があり、2025年の調査では企業の4割強が導入しています。
導入の効果は、集計結果そのものより、運用されているという事実から生まれます。
- 1
上司の側に緊張感が生まれる
見られている前提ができると、部下への対応をおろそかにできなくなります。制度があること自体が抑止力になります。
- 2
経営者に届く経路ができる
中間管理職を経由しない情報の通り道になります。報告に頼らずに、現場の状態をつかめます。
- 3
問題の早期発見につながる
特定のチームだけ数値が落ちていれば、そこで何かが起きています。辞表が出る前に気づけます。
導入するときの注意点
ただし、入れれば解決するものではありません。3つ注意点があります。
第一に、匿名性を必ず守ること。誰が書いたか分かる運用にすると、率直な回答は集まりません。
第二に、評価結果を昇給や降格へ直結させないこと。直結させると、上司が部下に迎合し始めます。
第三に、結果を見て何もしないこと。何も変わらないと分かれば、次から誰も正直に答えなくなります。
拾った声に対して、何を変えたのかを必ず返すようにします。それがない仕組みは、一度で形だけになってしまいます。
まとめ:理念より先に点検する場所がある
要点を整理します。
- 1
人間関係で辞める人は多い
国の調査で、人間関係は男女とも辞めた理由の2位です。会社に伝えるときは別の言い方に変わるので、自社の面談ではもっと低く見えています。待遇改善だけでは止まらない理由がここにあります。
- 2
原因は構造にある
上司が評価を握り、その評価を検証する経路がありません。善意があるかどうかではなく、一方通行という設計の問題です。
- 3
向きを変える
部下から上司への評価を制度として持ちます。匿名を守り、処遇に直結させず、結果に対して必ず何かを返します。
理念やビジョンは、長く経営していくうえで必要なものです。
ただ、人間関係が崩れている社員に、その言葉は届きません。ビジョンがないという理由で辞める人は、まずいないからです。
理念そのものを浸透させる手順は、「企業理念が浸透しないのはなぜか」で解説しています。
掲げた言葉が響かないと感じているなら、先に足元の空気を点検してみてください。

