意思決定の質
企業理念が浸透しないのはなぜか──掲げることと伝わることは違う
理念を掲げたのに、社員の口から出てきたことがない。
朝礼で唱和させても、額に入れて飾っても、日々の仕事は変わらない。
この手応えのなさを抱えている経営者は、多いと思います。
原因は、社員の意識が低いからではないと考えています。浸透という言葉の捉え方と、その手順にずれがあるからです。
この記事では、理念が浸透しない構造と、経営層から順に落としていく手順を解説します。
浸透しているかどうかは経営者から見えにくい
まず、認識の差を数字で確認してみます。
YKプランニングが2021年に、従業員30人から100人の中小企業の経営者511人と従業員514人に聞いた調査があります。
会社の目標と進捗をともに把握していると答えた経営者は67.7%。同じ問いに、従業員は30.0%でした。
さらに「経営理念やビジョンを追求すること」が会社にとって重要だと答えたのは、経営者16.4%に対し従業員6.4%です。
浸透の度合い以前に、重要かどうかの認識からずれています。
経営者が「伝えたつもり」でいる限り、この差は縮まりません。
受け取る側にはこう見えている
数字だけでは伝わりにくいので、私自身が会社員として感じていることも書いておきます。
私が勤める会社にも、理念はあります。ホームページに書いてあり、目にする機会もあります。
ただ、それを普段の仕事で思い出したことは、正直なところほとんどありません。
同僚と理念の話題になることもありません。おそらく多くの人が、正確には覚えていないと思います。
これは会社を責めているのではなく、掲げるだけでは届かないという事実の話です。
理念は、書いてあるかどうかではなく、思い出す機会があるかどうかで残ります。
受け取る側にいると、この差ははっきり分かります。
理念が浸透しない3つの理由
浸透しない会社には、共通した構造があります。
意識の問題として片づける前に、理由を順に説明します。
経営者自身が腹落ちしていない
対外的に見栄えのする言葉を探した結果、自分の実感から離れた理念になることがあります。
そうなると、語るときに熱が乗りません。
現場はそこを見抜きます。言葉そのものより、語る人の温度を見ているからです。
自分の言葉として語れない理念は、どれだけ回数を重ねても浸透しません。
掲示することと伝えることを混同している
ホームページに書いてある。額に入っている。社員手帳に載っている。
それは置いてあるだけで、伝えたことにはなりません。
覚えているかどうかと、行動の基準になっているかは別の話です。
唱和できる社員が多い会社でも、判断の場面で理念が出てこないことは珍しくありません。
日々の判断とつながっていない
理念が業務と切り離されていると、飾りとして扱われます。
「この判断は理念に沿っているか」が問われない組織では、理念は仕事と無関係な文章になります。
逆に言えば、判断の場で使われた瞬間から、理念は現実の道具になります。
浸透とは暗記ではなく判断に使われること
ここで、浸透という言葉の定義を変える必要があります。
唱和できることをゴールにすると、施策は暗記のほうへ向かいます。
理念が浸透した状態とは、社員が理念を覚えている状態ではなく、判断に使っている状態です。
迷ったときに参照されるかどうか。そこを基準に置くだけで、打つべき手が変わります。
浸透させる手順は経営層から
浸透には順番があります。現場に直接届けようとしても、途中で薄まります。
手順は3つに整理できます。
- 1
まず経営層と幹部に落とす
幹部が自分の言葉で語れる状態を先に作ります。ここが曖昧なまま現場に降ろすと、伝わるたびに温度が落ちていきます。
- 2
判断の場で実際に使う
会議で「これは理念に沿うか」を問います。とくに理念のために目先の利益を見送った事例が生まれると、言葉より早く伝わります。
- 3
具体的な出来事に紐づけて繰り返す
同じ言葉の繰り返しは飽きられます。実際の判断や社員の行動を引き合いに出して、そのたびに語り直します。
一朝一夕では浸透しません。年単位で繰り返す前提で考えておくのが現実的です。
経営層を経由するときに何が起きるかは、「社長の指示は、なぜ現場でねじれるのか」でも解説しています。
浸透しているかを測る
施策を打ったら、効き目を確かめる必要があります。
ただし、経営者の実感では測れません。社員は面と向かって「響いていません」とは言わないからです。
匿名で、次の一問を聞いてみてください。
この会社が何を目指しているか、自分の言葉で説明できますか。
説明できると答えた割合を定点で追います。
数字が動かなければ、伝え方ではなく理念そのものを疑う段階です。
理念が響いていないことは経営者には見えない
最後に、いちばん見えにくい部分に触れます。
理念が響いていないとき、その事実は経営者に届きません。
社員から「その理念は薄いと思います」と言われることは、まずないからです。
だからこそ、自分の言葉がどう聞こえているかは、利害のない第三者に外から見てもらうのが確実です。
社内の人間には、立場上の忖度が働きます。
利害のない相談相手をどう持てばいいかは、経営者に相談相手がいないのは危険信号という記事で解説しています。
まとめ:掲げた言葉を判断に使えているか
要点を整理します。
- 1
認識は経営者と現場でずれている
目標と進捗をともに把握している経営者は67.7%、従業員は30.0%です。重要度の認識からして差があります。
- 2
浸透しない理由は3つ
経営者自身が腹落ちしていない。掲示と伝達を混同している。日々の判断とつながっていない。
- 3
ゴールは暗記ではなく判断
覚えているかではなく、迷ったときに参照されるかどうかです。経営層から順に落として、判断の場で実際に使います。
理念は、掲げた時点では何も起きません。
判断に使われて初めて、組織の行動が変わります。
直近の重要な判断を思い出してみてください。そのとき理念は、判断材料に入っていたでしょうか。

