意思決定の質
人材育成が進まないのはなぜか──育成の時間はどこにも残っていない
研修も入れて、面談の場も作ったのに、人材育成が進まない。
現場は変わらず、次の世代も育っていない。
そう感じている経営者は少なくありません。
ただ、原因は管理職の意欲や能力ではないと考えています。育成に使える時間が、業務のなかに残っていないのです。
この記事では、育成の時間が消える構造と、業務量の見直し方を解説します。
管理職の6割が部下の育成に悩んでいる
まず、管理職側の実感を数字で確認してみます。
EdWorksが2024年に、部下を持つ管理職236名に行った調査があります。
部下の育成に悩みを抱えていると答えたのは60%でした。
そして、会社からの支援が不十分だと感じている管理職は65%にのぼります。
内訳は「全く受けられていない」が26%、「あまり受けられていない」が39%です。
育成が進まない現場では、管理職自身がいちばん困っています。放置されているのは部下ではなく、管理職のほうです。
なぜ育成は後回しになるのか
育成が後回しになるのには、3つの構造的な理由があります。
どれも、管理職個人の努力では動かせない部分です。
管理職はプレイヤーを兼ねている
多くの管理職は、管理だけをしていればよい立場ではありません。
産業能率大学総合研究所が2019年に上場企業の部長に行った調査では、約96%がプレイングマネジャーだという結果が出ています。
自分の実務を抱えたまま、マネジメントも担っているということです。
この状態では、育成に回せる時間はどうしても残りません。
残業規制のしわ寄せが管理職に集まる
部下に長時間労働をさせることは、以前より難しくなりました。これ自体は正しい変化です。
ただし、業務量が変わらないまま労働時間だけを圧縮すれば、残りは誰かが引き受けることになります。
多くの場合、それは管理職です。部下が残した分を巻き取り、自分で手を動かします。
労働時間の管理は進んでも、総量の管理が進んでいない。そのしわ寄せが一点に集まっています。
評価されるのはKPIだけ
管理職の最優先業務は、与えられた数字の達成です。
未達なら説明を求められますが、育成が進まなくても、その場で咎められることはまずありません。
評価される項目と、されない項目。どちらが後回しになるかは明らかです。
育成は重要ですが、緊急ではない。だから常に順番が後ろに回ります。
私も育てる時間がない側にいました
私自身、前職でメディア運営の責任者をしていた時期があります。
3つのメディアを同時に見ながら、チームのマネジメントも担っていました。
部下を育てなければいけないことは分かっていました。しかし、そのための時間はどこにも残っていませんでした。
意欲がなかったわけではありません。順番が回ってこなかっただけです。
この感覚は、管理職を経験した人であれば覚えがあるのではないでしょうか。
業務を足せば育成の時間が削られる
ここが、この問題の中心です。
一日にこなせる量には上限があります。そこへ新しい業務を足せば、必ず何かが押し出されます。
押し出されるのは、締め切りのないものです。つまり、育成です。
経営者から見ると、業務を足したという認識だけが残り、何が押し出されたかは見えません。
そして厄介なことに、この足し算は優秀な人ほど起こしやすいものです。
自分の基準で「これくらいはできる」と見積もるからです。
経営層は優秀だからこそその立場にいます。その基準が、そのまま部下への要求量になります。
育成を機能させる3つの対策
必要なのは、号令を増やすことではありません。時間が生まれる条件を整えることです。
- 1
先に業務を引く
育成を足すなら、同じ量の何かを外します。何を外すかまで経営者が決めて示します。管理職に「うまくやって」と任せると、外せるのは育成だけになってしまいます。
- 2
育成を評価対象に入れる
数字だけが評価されるなら、数字だけが優先されます。部下の到達度や引き継ぎの進み具合も、評価項目としてはっきり示します。
- 3
プレイヤー業務の比率に上限を置く
実務を抱えたままではマネジメントの時間は生まれません。担当業務をどこまで持つか、上限を決めて運用します。
何をやめるかを決める考え方そのものは、「経営に引き算を」で詳しく解説しています。
新しい施策が進まないのも同じ理由
この構造は、育成に限りません。
新しい施策を打ち出したときに管理職が及び腰になるのも、同じ理由です。
反対しているのではなく、今の業務が回らなくなることを心配しています。
既存の事業で出ている利益を守りたい、というのは現場として正当な判断です。
ここでも必要なのは説得ではなく、引くものをセットで示すことです。
新しい取り組みに現場がついてこない構造は、「AI導入に現場がついてこないのはなぜか」でも解説しています。
まとめ:育てる気ではなく育てる余白
要点を整理します。
- 1
困っているのは管理職のほう
6割が育成に悩み、6割5分が会社の支援が不十分だと感じています。放置されているのは管理職自身です。
- 2
育成は構造的に後回しになる
実務を兼ねている。残業規制のしわ寄せが集まる。評価されるのは数字だけ。この3つが重なれば、順番は回ってきません。
- 3
足すなら引く
育成を任せたいなら、先に業務を外します。何を外すかまで示します。そのうえで評価に入れます。
部下が育たないのは、育てる気がないからではありません。育てる余白がないからです。
いま自社の管理職が、育成に使える時間を週に何時間持っているか。
その問いに数字で答えられないなら、まだ育成は始まっていないのかもしれません。一度、確かめてみてください。

