ESSAY
経営者は「数字」を見て、現場は「数字になる前の兆候」を見ている
経営者と現場では、見ているポイントが違う。
経営者は、数字を見て判断する。売上、利益、利益率、離職率、成約率、継続率。
数字という共通言語で、会社の状態を把握しようとする。
一方、現場が見ているのは、数字になる前の兆候だ。
顧客の不満、クレームの気配、ミスの増加、チームのギスギスした空気。
数字にはまだ表れていない肌感覚の部分だ。
もちろん、現場の人間もまったく数字を見ないわけではない。
とくに中間管理職は、数字で判断する場面も多い。
しかし大きな傾向として「経営者は数字」「現場は兆候」を重視する。
この違いが時に致命的なタイムラグを生む。
数字は「結果」であって「予兆」ではない
経営者が数字で判断すること自体は正しい。
数字は客観的で、会社全体を俯瞰するのに欠かせない。
しかし、ここに落とし穴がある。数字は、結果だ。
なにかが起きた「後」に、数字として表れる。
つまり、数字に異変が出た時点では、すでに問題が進行してしまっていることが多い。
これは、車の運転に似ている。
事故を起こしていなくても、スピードを出しすぎている、シートベルトをしていない、乱暴な運転をしている。
そういう状態は、確実に危険だ。
しかし「まだ事故を起こしていないから大丈夫」と考えてしまう。
そして、実際に事故が起きたときには、もう手遅れだ。
スピードを出しすぎていれば、被害は大きくなる。シートベルトをしていなければ、命に関わる。
数字に異変が表れるのは、この「事故が起きたあと」だ。
表れたときには、もう立て直しが難しい。そういうケースが世の中には確かに存在する。
「全体の離職率」では手遅れになる
具体的な例を挙げよう。
会社全体の離職率は、変わっていない。数字上は、健全に見える。
しかし、その内訳を見ると、長年会社を支えてきたベテランやエースと呼ばれる人材が立て続けに辞めていたとしたら。
これは一大事だ。
サラリーマンとして働く以上、長く勤めたほうが得られるものは大きい。
積み上げた信用も、働きやすさもある。そういう人が辞めるのは、よほどのことがあったからだ。
そういう人が続けて辞めているなら、水面下で深刻なことが起きているサインだ。
しかし「全体の離職率」という数字だけを見ていると、この危険信号を見逃す。
数字が動いたときには、もう主力が抜けた後、ということになりかねない。
なぜ経営者には兆候が見えないのか
経営者は常に現場にいるわけではない。現場の細かいところまで把握しきるのは至難の業だ。
そして、とくに見えにくいのが人間関係だ。
退職理由の調査を並べてみると、人間関係の順位はばらばらだ。2位のこともあれば、7位のこともある。
これは調査の作り方の違いもあるが、それだけではないと思う。
上司と合わなくて辞めます、とは言いにくい。だから「給与が低いので」に置き換わる。
辞める本人が答える調査票の上でさえ、人間関係は正確に数えられていない。
人間関係が悪ければ、どれだけ待遇が良くても人は辞めていく。
そして、この人間関係のギスギスは、近くにいれば察知できる。
隣の席に座っていれば「このチーム、空気が良くないな」「もしかして、あの2人は仲が悪いのかな」と気づける。
しかし、経営者は現場から離れている。だから、この最も重要なサインが最も見えにくい。
現場がサボっている雰囲気。真面目に取り組んでいない空気。チームのギスギス感。
こうしたものは、数字には一切表れない。
しかも、社長がいる前では、みんな取り繕う。だから、本当の空気はますます伝わってこない。
結果、経営者は、数字で上がってくるものしか見られなくなる。そこでしか判断ができなくなる。
これは、かなり危険な状態だと思う。
現場の「黄色信号」を拾える仕組みがあるか
意思決定をするのは、経営者だ。それは変わらない。
しかし、現場を回しているのは従業員であり、現場のことを一番よく知っているのも従業員だ。
エンドユーザーと接しているのは、現場のスタッフであることが多い。
その人たちが感じる、ちょっとした違和感。数字には見えない黄色信号。
それをいかに拾い上げられるか。
問題が数字として表れる前に、兆候の段階で察知して事前に潰していく。
そういう仕組みを持てるかどうかで、会社の安定性は大きく変わる。
現場の叫び声、現場からの声。それを聞き逃さず、アンテナを張っておく。
チームのギスギス感に気づかないまま、ある日チームが空中分解する。
エースが辞めて、はじめて問題の深刻さに気づく。そうなってからでは、遅い。
数字を見るのは大事だ。経営者にとってマストな仕事といっていい。
しかし、数字は結果でしかない。数字になる前の兆候を現場からどう吸い上げるか。
そこに目を向けられる経営者が、大きなダメージを未然に防げるのだと思う。
数字そのものの読み方は、経営コラムのほうに書いた。こちらは、兆候を先に見ている側からの記録だ。

