ESSAY
挑戦しない従業員を私は責められない
「もっと積極的にチャレンジしてほしい」
経営者が現場に向けてよく発する言葉だ。心から、そう思って言っている経営者も多いと思う。
ただ、その言葉は現場にほとんど届いていない。
私は、社内では珍しく新しいことに手を出す側の人間だ。それでも、動かない人を責める気にはなれない。
私は社内で新しいことをやる側にいる
面白いコンテンツを作りたい。その欲求が強いので、企画を立てては新しいことに手を出している。
好奇心と自分のレベルアップ。主な動機はその2つだ。
会社に言われてやっているという外発的な動機だけではなく、自ら「やりたい」と感じて動いているので、内発的な動機も大きいように思う。
ただ、社内で新しいことをやるのは、思っているより面倒だ。
新しいことには、整備されたものがなにもない。前例がない。ルールもない。
そして必ず、この問いが出てくる。
何か起きたとき、誰が責任を取るのか。
既存の業務なら、この問いは出てこない。決められた手順で進み、うまくいかなければ手順のせいにできる。
新しいことをやるというのは、その逃げ場を自分から手放すということでもある。
それでも動く人と動かない人がいる
私が動くのは、面白そうだから。単純にやってみたいから。自分の成長になりそうだから、だ。
逆に言えば、そういう理由を持たない人が動かないのは、まったく不思議ではない。
会社員にとって、新しいことに手を出す見返りは驚くほど小さい。
身銭を切っているのは会社だ。しかし、失敗したときに評価で傷つくのは本人だ。
天秤にかければ、多くの場合「やらない」に傾く。余計なことはせず、失敗しない方向で立ち回る。
それは怠慢ではなく、合理的な判断だと思う。
この損得の構造については、経営コラムのほうに書いた。
リスクを取れるほうが少数派
ここに、経営者が見落としやすい点があると思う。人は、どうしても自分を基準にして他人を測る。
「自分にできることは、他人にもできるだろう」
経営者にとって、リスクを取ることは当たり前の感覚だ。だから、それができない人が理解できない。
しかし、冷静に考えてみてほしい。
リスクを取れる人が多かったら、世の中は経営者だらけになっている。そうならないのは、リスクを取れる人が圧倒的に少ないからだ。
つまり、リスクを取れるあなたのほうが少数派なのだ。
この前提が抜け落ちると「なんでうちの社員はチャレンジしないんだ」という不満だけが残る。
サラリーマン幹部も経営者とは違う
もうひとつ、誤解されやすいことがある。
「叩き上げで出世した部長や幹部なら、自分と同じようにリスクを取ってくれるはずだ」
これは、たぶん幻想だ。
会社員として出世して幹部になった人は、間違いなく優秀だ。それは疑いようがない。
ただ、優秀であることと、リスクを取れることは別の話だ。
幹部のなかには、失敗を避けてうまく立ち回ってきたからこそ出世できた人もいる。
部下の失敗も見過ごせないし、自分の失敗もしたくない。板挟みのなかで、彼らなりにリスクを最小化しようとしている。
手柄を横取りする人が生まれる理由
この構造は、ときどき歪んだ形で表に出る。
自分ではリスクを取りたくない。でも、給料や立場をよくするために出世はしたい。そのためには、成果は上げなければいけない。
その結果、人の手柄を横取りする人間が出てくる。
悲しいことだが、会社の構造上、手柄を横取りすることが「賢く立ち回る方法のひとつ」になってしまう。
個人のモラルの問題でもある。ただ、リスクを取った人が報われず、取らなかった人が得をする構造が、それを後押ししている。
号令では動かない
私は少数派の側にいる。だから、こう言うことはできる。
「チャレンジしろ」「失敗を恐れるな」
この号令は、いくら繰り返しても届かない。失うものの大きさが何も変わっていないからだ。
そして、多くの人は、放っておけばいずれ気づく。ここでリスクを取っても報われない、と。
そのことに気づいた瞬間、挑戦は選択肢に入らなくなる。
号令をかける前に、失敗に寛容な社内文化はあるか。まずそこを見てほしいと思う。

