ESSAY
会社が回っているから現場とのギャップに誰も気づかない
経営者と現場の社員では、見ている世界がまったく違う。
同じ会社にいて、同じ看板を背負って働いているのに、見えている景色が違う。
しかも、経営者が思っている以上にその差は大きい。そして放置されがちだ。
厄介なのは、差が大きくなるほど現場の社員が静かに辞めていくことだ。
現場で働く一社員として、経営層との間に横たわるギャップを三つ書いておく。
耳の痛い話かもしれない。ただ、だからこそ書いておきたい。
ギャップ① 目的が明確だと思っているのは経営者だけ
ひとつ目は、会社の目的だ。
会社がどんな目的で存在し、どこを目指しているのか。働く側にとって、これは思っているより重要なポイントになる。
従業員は長く働くことを前提に入社してくる。だからこそ、会社がどんな理念を掲げ、社会に何をしようとしているのかに関心を持っている。
そして入社後も、その方向性は示し続けなければ現場は迷う。
「この会社、一体なにがしたいんだろう」
これはモチベーションに直結する。目的が見えなくなると、意識の高い優秀な人ほど先に離れていく。
もちろん経営者にも事情はあると思う。
なかには、明確な目的を持たずに始めた人もいるだろう。「お金を儲けたいから始めた」というのが本音の人も一定数いるはずだ。
しかし、従業員に「金儲けのためにやってます」とは言えない。だから目的をうまく示せない。
ただ、続けていくうちに多くの経営者は気づくのだと思う。お金儲けだけでは、自分のモチベーションが続かない。
それに、よい人材を採ろうとしても「お金儲け」だけでは来てもらえない。そこで理念やビジョンが生まれる。
問題は、それが現場に届いていないことだ。
「ホームページに書いてある」では弱い。そこに書かれた理念に、どれだけの従業員が腹落ちしているだろうか。
おそらく、ほとんど覚えていない。
さらに残酷なことを言えば、対外的にカッコいいから掲げているだけの、お飾りの理念も存在する。
経営者自身が腹落ちしていないから、言葉に力が宿らない。薄っぺらく聞こえる。当然、現場にも響かない。
逆に、本当に強烈な目的意識を持っている人は普段から口にしている。朝礼で、全体共有で、日々のメッセージで、繰り返し伝えている。
浸透のさせ方そのものは、経営コラムのほうに書いた。エッセイでは、受け取る側から見えている景色について書き綴っている。
ギャップ② 「ストレス耐性を持て」は現場に響かない
ふたつ目は、ストレス耐性だ。
ある調査では、経営者の65.3%が従業員にストレス耐性を求めていると答えている。
一方、従業員で「求められている」と感じているのは47.5%だった。16.8ポイントの差がある。
経営者は求めている。しかし現場は、そこまで期待されているとは思っていない。
なぜなら、従業員の本音は「ストレスを与えないでくれ」だからだ。
経営者からすれば、ストレス耐性がなければ責任ある立場は担えない。だから従業員にも求める。当然の感覚だと思う。
しかし、現場はまったく違う価値観で働いている。
大半が求めているのは「快適に働きたい」「気分よく働きたい」だ。
社会にインパクトを与えたい、好き勝手にやりたい。そこまで振り切っている人は、とっくに独立している。
従業員という道を選んでいる時点で、大なり小なり安定志向がある。何かに守られた形で、経験を積みたいと思っている。
だから、全員に高いストレス耐性があるわけではない。当然だ。
そこにストレスをかけてくれば、辞めたくなる人が続出する。求めているものが根本的に違うので、ここは埋まらない。
では、どうすればいいのか。見極めることだと思う。
「責任を負ってでも自分を高めたい」という人と「面倒は避けて快適に働きたい」という人。この二つは分けたほうがいい。
前者は多少のストレスがかかっても、自分の目的のために頑張れる。後者に同じものを求めても、消耗させるだけだ。
それに、ストレス耐性そのものにも差がある。
筋トレで言えば、100kgを持ち上げられる人もいれば、50kgが限界の人もいる。50kgが限界の人に100kgを持たせれば、潰れる。
筋トレなら重量が数字で見えるから、危ないと判断できる。
しかし、ストレス耐性は目に見えない。だから、つい自分基準で考えてしまう。
経営者をやっている人は、多くの場合ストレス耐性が高い。自分を基準にすると、過度な負荷をかけることになる。
ストレス耐性が低くても、活躍できる場面はいくらでもある。
もしかしたら、プレッシャーのかかる管理職より、スペシャリストとして働いてもらうほうがパフォーマンスを発揮できるかもしれない。
一緒くたに全員へ求めるから、話がおかしくなるのだと思う。
ギャップ③ 「育成している」は自己満足かもしれない
三つ目は、人材育成だ。
人が成長するから生産性が上がり、新しいことができるようになり、会社が発展していく。人的リソースは会社の生命線だ。
しかし、育成に本気で向き合っている会社は、想像以上に少ないのだと思う。
これは、私自身がいま体験していることだ。
私の会社では、外部のコンサルタントに依頼した研修を受けられる。ビジネスマナーやロジカルシンキングなど、汎用的なスキルは学べる。
しかし、会社の業務に直結する研修が一切ない。
社内の業務ツールの使い方。経費精算のやり方。業界の専門知識。何が売れていて、どういう傾向があるのか。
その会社でしか得られない知識を教えてくれる研修が、まったくといっていいほどない。
会社からすれば「研修をやっているから育成している」という認識かもしれない。
しかし、現場が本当に知りたいのはそこではない。
とくに私のようにWeb周りを担当している人間にとっては、業界の知識のほうがはるかに重要度が高い。
LPを作る。SNSの動画コンテンツを作る。そのとき業界の理解があるかないかで、成果物の質が変わる。
業界の歴史、これまで何が売れてきたか、今は何が売れているのか、競合はどういう状況なのか。
それが分かれば「ユーザーはこういう悩みを持っているな。こういうコンテンツなら刺さるな」と組み立てられる。
でも、そういう研修はない。マニュアルもない。稀にあっても共有されておらず、特定の人だけが知っている状態になっている。
だから、自分で情報を取るしかない。取った情報を資料にまとめ、必要な人に共有し、誰でもアクセスできるようにする。
でもそれって、本来は会社がやることじゃないのか。そう思いながら私は働いている。
数字でも近いことが言えるらしい。教育訓練を実施したと答えた企業は31.6%あるのに、実際に受講した労働者は13.7%にとどまる。
「会社は人が大事」
誰もが聞いたことのあるセリフだ。しかし「実際に従業員を育成するために何が必要か」を解像度高く説明できる経営者は、どれだけいるだろうか。
なぜ気づかないのか
ここが、この話の肝だと思う。
これだけ現場がズレを感じているのに、上層部はまるで気づいていない。
なぜか。「今までそれで回ってきたから」だ。
研修がなくても、なんだかんだ周りに聞けば答えにはたどり着ける。効率は最悪だが、一応業務は回る。
上層部から見えるのは「回っている」という結果だけだ。だから問題意識を持たない。
「今までなんとかなってきたんだから、大丈夫でしょ」
現場だけが、水面下でバタバタと足を動かしている。その足の動きは見えない。見えるのは、水面を優雅に進む白鳥の姿だけだ。
経営者が認識している問題は、あくまで「見えている問題」だ。本当に深刻な問題は、水面下で静かに会社を蝕んでいる。
会議にも同じ構造がある
もうひとつ、認識がズレやすいものがある。会議だ。
私のいる会社は、会議がとにかく多い。とくに上役は、驚くほどスケジュールが埋まっている。
そして、呼ばれて入ったはいいが「この会議、自分がいる意味あるのか」と感じることも少なくない。
考えてみてほしい。会議に10人集めれば、その10人分の人件費がかかっている。その間、誰も何も生産していない。
会議をするだけで、会社はコストを払っているのだ。
もちろん、会議をゼロにはできない。重要な意思決定のために必要だし、人が集まる機会も必要だ。
しかし「本当にこのメンバー全員が必要か」「本当にこの頻度でやる必要があるか」。そこを見直さないまま、惰性で会議が量産されている会社は多いのではないだろうか。
「現場が見えている」という思い込みを捨てる
三つのギャップを見てきた。会社の目的。ストレス耐性。人材育成。
どれも経営者は「できているつもり」で、現場は「そうは感じていない」という構造になっている。
このズレが生まれる根本には、経営者と従業員がそもそも求めているものが違うという事実がある。
経営者が考えるのは「どうやって会社を発展させるか」だ。従業員が気にするのは「どうすれば自分が働きやすくなるか」だ。
この違いを理解しないまま施策を打つと、経営者の善意は空回りする。
「社員のためにやったのに、なぜ響かない」
その不満だけが残る。
だからこそ、一度立ち止まって問うてほしいと思う。
自分が「できている」と思っていることは、現場から見て本当にできているのか。
現場は、経営者が思っているのとはまったく違う景色を見ている。まずその前提に立つことが、第一歩になると思う。

