ESSAY
「成長のためだ」という傲慢な育成が部下の信頼を失っていく
上司は「部下を成長させている」と思っている。
しかし、部下は「自分の強みを分かってもらえていない」と感じている。
残念ながら、これは多くの会社で起こっていることだ。
上司と部下の認識のあいだには、想像以上に深い溝がある。
そして、この溝は放置するほど部下の信頼を静かに削っていく。
上司の善意はなぜ部下に届かないのか
上司には、部下を育てたいという目的がある。
部下が育てば、生産性が上がり、会社に大きなリターンをもたらす人材になる。
だから上司は「これをやってほしい」と業務を振る。部下はそれに取り組み、成果を出そうと頑張る。
ここまでは、なにもおかしくない。上司が指示を出し、部下が実行する。組織として当たり前の営みだ。
しかし、ここで大きなミスマッチが生まれることがある。
部下の側に「なんで、自分がこの業務をやらされているんだろう」という疑問が湧くのだ。
これは、私自身がまさに体験していることでもある。
「即戦力」で入ったはずが畑違いの仕事へ
私は、今の会社にWeb関連の業務をするために入社した。
LP制作、コンテンツ制作、SNSの運用、メルマガやLINEでのプッシュ型媒体での発信。
こうしたWeb周りの戦略設計と実行のために、採用されたはずだった。
ところが蓋を開けてみると、商品開発の部署に配属された。
理由は「商品を分かっていないと適切な情報発信ができないから」というものだった。
「なるほど」と最初は納得した。しかし、そこから雲行きが変わる。
「なんで商品開発のサポートをしないんだ。商品開発の部署にいるのだから、開発のサポートもしろ」と言われるようになった。
最初は「聞いていた話と違うんだけど。でも、会社員だし仕方ないか」と思った。
しかし、現在では「商品開発をメインでやってくれ」という話にまでなってきている。
ここまでくると「ちょっと待ってくれ」という気持ちになってしまう。
もちろん、会社には会社の都合がある。
目指す方向性が変わった。力を入れたいところが変わった。
状況は日々変化しているのだから、そういう事情は理解できる。
部下を成長させるために、あえて新しい業務を振るという意図もあるだろう。
業界を知ってほしい、商品開発に詳しくなってほしい、と。
理解はしている。理解はしているのだ。しかし、納得はできなかった。
中途採用の「即戦力」になぜ未知の仕事をさせるのか
納得できない理由は、シンプルだ。
私は、中途で入社した。中途採用ということは、会社は即戦力を求めているはずだ。
即戦力として使うなら、その人が積み上げてきた得意分野をやらせたほうがいい。
そのほうが生産性も高く、成果も出やすく、会社にいい影響を与える可能性が高い。
これは、誰もがそう思うはずだ。
しかし私は、やったことのない商品開発、それも有形商材の開発に回された。
アイデアや企画を出すことはできる。
しかし、原価計算、売価設定、卸値、利益率、損益分岐点など。
有形商材の開発には、経験のない数字まわりの工程が山ほどある。
正直、自分がキャリアで積み上げてきた強みが、今のポジションではあまり活かせない。
このとき、部下の心には、こういう気持ちが芽生える。
「自分の強みを分かってもらえていない」「適材適所を考えていない」
この認識のズレはデータにも表れている
これは、私だけの特殊な感情ではない。
ある調査によると、上司との1on1や面談で認識のズレを感じる部下は、84.6%にのぼる。
定期的な対話の機会があっても、8割超がズレを感じているのだ。
そして、ズレを感じる場面の第1位は、自分の強みや貢献が上司に十分理解されていないと感じるときで58.1%。
第2位が「自分が重要だと思う課題と、上司の優先順位が異なるとき」で47.3%だった。
半数以上の部下が「強みを分かってもらえていない」と感じている。
上司は「育成している」と思っているのに、部下は「見てもらえていない」と感じている。
この認識のギャップが、これだけ広く存在しているということだ。
「ちゃんと見てくれている」かどうかが信頼を分ける
もちろん、上司には上司の事情がある。
会社の方向性、経営層の戦略。部下よりも多くの情報を持っている。
だから、部下には見えない判断があるのも事実だ。
しかし、それでも部下が求めているのは「ちゃんと見てくれている」という実感だ。
たとえば、こう言われたらどうだろうか。
「あなたのキャリアはこうで、ここが強みだと思う。でも、今まで仕事を見ていて、この分野も得意そうだと感じた。会社もこのスキルを求めているから、やってみないか」
こう言われたら「だったら、やってみようかな」と思える。
「ちゃんと見てくれている」「自分のことを考えてくれている」と感じられるからだ。
逆に「会社にこれをやる人がいないから、やってよ」だと、こうなる。
「自分である必要ある」
自分の得意なことをやらせてもらったほうが、会社にとってもいいのでは、と思ってしまう。
この違いは、決定的だ。
サッカー選手にいきなり野球をやらせていないか
人を見ずに、ただ業務を割り振ってもうまくいかない。
サッカー選手に「野球で成果を出せ」と言ったら「なんで」となる。
サッカーでキャリアを積んできて、サッカーでなら成果を出せるのに、なぜ野球なのか、と。
「うちは野球で成果を出せる人を求めている」と伝えたら「だったら野球選手を雇えばよかったのでは」と反論されるだろう。
もし、そんなことをしている人を見かけたら「バカなことをしている」と感じるはずだ。
しかし、会社では似たようなことがあたり前のように起こっている。
もちろん、野球選手であっても別の運動もできたりはする。基礎的な部分で、活かせるものはある。
しかし、その人が一番パフォーマンスを出せる場所はどこか。
それを考えてあげるべきだ。中途採用なら、なおさらだ。
管理職の役割のひとつは、まさにここにある。
この人はなにが得意で、なにが苦手か。どういうときにモチベーションが上がるか。
どんな業務なら力を発揮できるか。どんなチーム編成なら、相乗効果が生まれるか。
それを考えるのがマネジメントだ。人を見ずに業務だけを割り振るのは、マネジメントとは言えない。
信頼が崩れると情報が止まる
部下が「この上司は自分を見ていない」と感じると、なにが起きるか。
信頼が失われる。
信頼できない相手には、本音を語れない。悩みも相談できない。
1on1をやっても、ただの進捗報告の場になってしまう。
そうなると、部下は本当に重要なことを語らなくなる。現場の情報が上に上がってこなくなる。
結果、生産性は下がり、成果は出づらくなり、チームの雰囲気も悪くなる。
そして、気持ちが離れた部下は、最終的にはこうなる。転職先を探し始めるのだ。
上司との関係は、辞める理由として必ず挙がる。ただ、本人が正直にそう答えるとは限らない。
とくに優秀な人ほど「この人について行ってもダメだ」と見切りをつけるのが早い。
「役割分担」であって「偉い・偉くない」ではない
最後に、根本的なことを書いておきたい。
日本の組織では、どうしても「上司が偉い」という感覚がある。
上司が評価を握っているから、その側面は確かにある。
しかし本質的には、これは役割分担だ。
現場は現場の仕事をこなす。管理職はそれを束ね、育成し、成果を出す。
経営層は意思決定をし、進む方向を決める。
それぞれが、それぞれの役割を果たすことで、会社は成り立っている。
現場がいなければ、売上は上がらない。
どれだけ上が意思決定しても、現場が回らなければ、会社は動かない。
上下ではなく、役割の違い。
この意識が抜けて「自分は偉い」と思った瞬間、人は相手を見なくなる。
求められてもいないのに助言を始め、「この通りにやれ」と指示するだけになる。
「部下の話を聞こう」という思考が消える。そうなった時点で、部下の心のシャッターは閉じる。
「成長の機会を与えてやっているのに、なぜやらないんだ」
その驕りが見えた瞬間、部下の気持ちは離れていく。だから管理職こそ、部下をちゃんと見てほしい。
その人の強みはどこにあるのか。どこで力を発揮できるのか。
それを見て、活かす場所を用意する。それができて、はじめて信頼関係を築いていける。
信頼があるからこそ、こちらの話に耳を傾けてくれるようになり、育成に繋がっていくのだと思う。
同じ配置でも伝え方で納得が変わるという話は、経営コラムのほうに書いた。こちらは、配置された側から見えている景色だ。

