ESSAY
辞めた同僚が私にも言わなかったこと
辞めた同僚が、本当の理由を言わずに去っていった。
その事実に、私は今も引っかかりを覚えている。
表向きの理由と本当の理由
私が勤める会社での話だ。
ある同僚が辞めることになった。表向きの理由は「子育てが大変だから」という家庭の事情だった。
会社は引き止めた。勤務日数を減らす案も、時短勤務の案も出したと聞いている。
それでも本人は辞めていった。提案が、本人の抱えている「本当の問題」とズレていたからだ。
後になって分かった本当の理由は、チーム内の人間関係だった。仕事の内容にも、思うところがあったらしい。
私はその人と、同じチームでそれなりに話す間柄だった。それでも、立場的には私のほうが上司ということもあり、本当の理由は私にも届いていなかった。
構造のせいにするのは簡単だ
これを説明する理屈は、いくらでもある。
辞めると決めた人間にとって、本音を話すのは面倒でしかない。
「どういうこと。もっと詳しく聞かせて」
「それ、あなたが考えすぎなんじゃないの」
「その人も、あなたのためを思って言ってくれてると思うよ」
そう返されるのが分かっているなら、当たり障りのない理由を用意したほうが早い。
それに、お世話になった人たちに、最後に砂をかけるようなこともしたくない。
だから本音は語られない。組織の構造の問題だ。
そう結論づけてしまえば、話はきれいに終わる。
情報は中間でねじ曲がる
私に届かなかったということは、その上にはもっと届いていないということでもある。
退職理由は、まず直属の上司に当たり障りのない形で伝えられる。その上司が、それをさらに上へ報告する。
経営者の手元に着く頃には、すっかり無害化された「一身上の都合」になっている。
経営者はそれを見て、こう判断するのだろう。家庭の事情なら仕方ないな、と。
そして本当の問題は、手つかずのまま残る。
放置された問題は、次の退職者を生む。その人もまた、当たり障りのない理由を残して去っていく。
この繰り返しに、上にいる人ほど気づけない。届いていないからだ。
本当にそれだけだろうか
私が引っかかっているのは、ここから先だ。
構造の問題だと言い切ってしまえば、私に落ち度はなかったことになる。
しかし、本当にそうだろうか。
もし私が、日頃からもっと話しかけやすい相手だったなら。何かを言いかけた瞬間に、ちゃんと立ち止まっていたなら。結果は違っていたかもしれない。
構造の問題だと言い切った瞬間に、自分の落ち度を見なくて済むようになる。
都合のいい説明ほど疑ったほうがいい。何度も失敗して、私はそれを学んできたはずだった。
惜しいと思っている
真面目で、いい仕事をする人だった。長く働いてほしかった。
辞めると聞いたとき、私は引き止める言葉を持っていなかった。本当の理由を知らなかったからだ。
経営者のところに本当の理由が届かない、という話はよく聞く。実際そのとおりだと思う。
ただ、届いていなかったのは経営者だけではない。すぐ隣にいた私にも、届いていなかった。
本音が届かない構造そのものについては、経営コラムのほうに書いた。
このエッセイは私の主観で書かれている。コラムはもう少し客観性を持たせているので、ぜひ参考にしてほしい。

