エッセイPERSONAL ESSAY

ESSAY

辞めた同僚が私にも言わなかったこと

ふくきた|意思決定ドック 主宰
著者ふくきた意思決定ドック 主宰

辞めた同僚が、本当の理由を言わずに去っていった。

その事実に、私は今も引っかかりを覚えている。

表向きの理由と本当の理由

私が勤める会社での話だ。

ある同僚が辞めることになった。表向きの理由は「子育てが大変だから」という家庭の事情だった。

会社は引き止めた。勤務日数を減らす案も、時短勤務の案も出したと聞いている。

それでも本人は辞めていった。提案が、本人の抱えている「本当の問題」とズレていたからだ。

後になって分かった本当の理由は、チーム内の人間関係だった。仕事の内容にも、思うところがあったらしい。

私はその人と、同じチームでそれなりに話す間柄だった。それでも、立場的には私のほうが上司ということもあり、本当の理由は私にも届いていなかった。

構造のせいにするのは簡単だ

これを説明する理屈は、いくらでもある。

辞めると決めた人間にとって、本音を話すのは面倒でしかない。

「どういうこと。もっと詳しく聞かせて」

「それ、あなたが考えすぎなんじゃないの」

「その人も、あなたのためを思って言ってくれてると思うよ」

そう返されるのが分かっているなら、当たり障りのない理由を用意したほうが早い。

それに、お世話になった人たちに、最後に砂をかけるようなこともしたくない。

だから本音は語られない。組織の構造の問題だ。

そう結論づけてしまえば、話はきれいに終わる。

情報は中間でねじ曲がる

私に届かなかったということは、その上にはもっと届いていないということでもある。

退職理由は、まず直属の上司に当たり障りのない形で伝えられる。その上司が、それをさらに上へ報告する。

経営者の手元に着く頃には、すっかり無害化された「一身上の都合」になっている。

経営者はそれを見て、こう判断するのだろう。家庭の事情なら仕方ないな、と。

そして本当の問題は、手つかずのまま残る。

放置された問題は、次の退職者を生む。その人もまた、当たり障りのない理由を残して去っていく。

この繰り返しに、上にいる人ほど気づけない。届いていないからだ。

本当にそれだけだろうか

私が引っかかっているのは、ここから先だ。

構造の問題だと言い切ってしまえば、私に落ち度はなかったことになる。

しかし、本当にそうだろうか。

もし私が、日頃からもっと話しかけやすい相手だったなら。何かを言いかけた瞬間に、ちゃんと立ち止まっていたなら。結果は違っていたかもしれない。

構造の問題だと言い切った瞬間に、自分の落ち度を見なくて済むようになる。

都合のいい説明ほど疑ったほうがいい。何度も失敗して、私はそれを学んできたはずだった。

惜しいと思っている

真面目で、いい仕事をする人だった。長く働いてほしかった。

辞めると聞いたとき、私は引き止める言葉を持っていなかった。本当の理由を知らなかったからだ。

経営者のところに本当の理由が届かない、という話はよく聞く。実際そのとおりだと思う。

ただ、届いていなかったのは経営者だけではない。すぐ隣にいた私にも、届いていなかった。

本音が届かない構造そのものについては、経営コラムのほうに書いた。

このエッセイは私の主観で書かれている。コラムはもう少し客観性を持たせているので、ぜひ参考にしてほしい。

この記事を書いた人

ふくきた|意思決定ドック 主宰

ふくきた意思決定ドック 主宰

会社員として組織の内側を見ながら、副業でクライアントワークを続けています。マルチ商法での信用失墜、投資詐欺による数千万円の損失、借金、事業の失敗。人一倍の失敗を重ねるなかで、判断を誤る構造を身をもって学んできました。その経験から、経営者の意思決定に伴走する「意思決定ドック」を立ち上げています。

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