ESSAY
私も管理職になりたくない側の人間だ
管理職になりたくない人は多い。
私もそうだ。
客観的に見ていて、得られるリターンが少ないと感じてしまう。このあたりは、人によって考え方が大きく異なると思う。
今回は、私視点で感じることを率直に書き綴っていきたい。
なぜ私は「なりたくない側」なのか
出世欲がある人にとっては、管理職を目指すのは当然の道だ。
収入も上がるし、社内での立場も強くなる。年齢を重ねるにつれて、役職が低いと社内的な立場で苦労することにもなるだろう。管理職でしか得られない経験も確実にある。
ただ、それらを差し引いたとしても、断固として管理職になりたくない人というのが存在する。
理由をひと言で表現するなら「過度なストレス」と「面倒くささ」だ。ここに集約されると思う。
管理職の立場をひと言で表現するなら「THE 板挟み」である。
上からのプレッシャーと下からの突き上げで、年がら年中挟まれ続けている。まるでプレス機に挟まれたチーズサンドのように、ギュウギュウに潰されている。
そんな仕事を繊細なタイプが続けていくのは、至難の業だ。最悪の場合、続けられなくなってしまう。
私が挟まれていた頃の話
これは想像で書いているわけではない。
前職で、私はメディア運営の責任者をしていた。3つのメディアを同時に見ながら、チームメンバーのマネジメントもしていた。
指示と全然違うことをやる人がいる。「でも自分はこれが正しいと思う」と譲らない人がいる。
基本、会社員である以上、上からの指示には従わなければいけない。しかし、現場だって人間だ。全員が大人しく「はいはい」と従うわけではない。
部下の立場からすると、納得のできない業務指示もあるだろう。しかし、部下が言うことを聞かずに好き勝手にしていたら、収拾がつかなくなる。当然、成果を出すのも難しくなるだろう。
経営層が求める結果を出すためにも、中間管理職は、なんとか現場を収めて状況を改善しなければいけない。
しかし、ただ正論をぶつけても、人は動かない。人間は感情の生き物だからだ。かといって、感情に配慮してばかりでは、成果が出ない。
「それっておかしくないですか」「前と話が違いませんか」と突き上げてくる人もいる。
上からの命令と、下からの不満。その両方をたったひとりで受け止める。この調整を毎日延々とやる。
板に挟まれて、挟まれて、ぺしゃんこになる。このストレスは、実際にやったことのある人でなければ分からないと思う。
部下は上司の背中を見ている
管理職を避けたくなるのは、たぶん私だけの感覚ではない。
現場の人間は、上司をよく見ている。
大体の給料がこれくらいで、働いている時間がこれくらいで、やっていることがこんな感じで。
それを毎日眺めながら「あぁ、大変そうだな」「やりたくねぇな」と感じている。
つまり、上司が「管理職になりたくないロールモデル」になってしまっているのだ。
私が見ていたのも、そういう背中だった。
それでも私が思うこと
誤解のないように書いておくと、私は「管理職になるな」と言いたいわけではない。
人が頑張るのは、そこに得られるものがあると思うからだ。
それは収入だけではない。やりがい。自己成長。裁量が広がって、新しいことにチャレンジできるという期待。「なりたい自分」に近づけるという実感。
もし前職に、そう思わせてくれる何かがあったなら。私は、まだあの場所で挟まれ続けていたかもしれない。
挟まれること自体が嫌だったわけではない。挟まれた先に、なにもなさそうだったのが嫌だったのだ。
そもそも、なぜこうなるのかという構造の話は、経営コラムのほうに書いた。
そちらの記事も参考にしてほしい。

